大手製造業の脱炭素戦略における目標設定の形骸化:実行フェーズで成果を出すための組織変革とKPI設定の教訓
SDGsの達成に向けた企業の取り組みは、もはや義務的なものとして広く認識されています。特に大手製造業において、サプライチェーン全体での排出量削減を含む脱炭素戦略は、経営の最重要課題の一つと言えるでしょう。しかし、意欲的な目標を掲げたにもかかわらず、その実行段階で停滞し、結果として目標が形骸化してしまうケースは少なくありません。貴社でも、「目標は素晴らしいが、具体的にどう実行に移すのか」「部門間の連携がうまくいかず、計画が遅延している」といった課題に直面されてはいないでしょうか。
この記事では、大手製造業が陥りやすい脱炭素目標設定の形骸化という失敗事例から、その具体的な要因を深く掘り下げ、実行フェーズで真の成果を生み出すための組織変革とKPI設定に関する実践的な教訓を提示いたします。
事例の概要:高邁な目標と乖離する実行の実態
ある大手製造業B社は、国際的な気候変動対策へのコミットメントとして、2040年までに事業活動における温室効果ガス排出量実質ゼロ(Scope 1, 2)という野心的な目標を掲げ、これを対外的に発表しました。また、サプライチェーン全体(Scope 3)においても2050年までに大幅な削減を目指す方針を示しました。
この目標は経営層からの強い指示に基づき策定され、対外的には高い評価を得ました。しかし、目標発表後数年が経過しても、具体的な排出量削減は計画通りに進まず、年間目標の未達が常態化。社内外から「グリーンウォッシュ」ではないかとの懸念の声が上がり始めました。
結果の報告:目標未達と信頼失墜のリスク
B社の脱炭素戦略は、発表当初の期待とは裏腹に、具体的な成果をほとんど生み出せませんでした。中期目標の達成は困難な状況となり、投資家やNGOからの批判に晒されるリスクが高まりました。また、従業員のエンゲージメントも低下し、「目標だけが先行し、現場には負担ばかりが増える」といった不満が募る結果となりました。対外的な企業価値の向上どころか、むしろ信頼を損なう事態に発展しかねない状況に陥っていたのです。
要因分析:なぜ目標は形骸化したのか
B社の失敗には、複数の複合的な要因が絡み合っていました。
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戦略と実行の断絶: 経営層は高い目標を設定しましたが、それを達成するための具体的なロードマップや、各部門への役割分担、責任範囲が曖昧なままでした。戦略部門と事業部門の連携が不足し、現場レベルでの実行計画が具体化されなかったため、目標が絵に描いた餅となってしまいました。
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不適切なKPI設定: 設定されたKPIは、主に最終的な排出量削減量といった結果指標に偏っていました。プロセス指標や、部門横断的な連携を促すようなKPIが不足していたため、各部門は短期的な自部門の利益を優先し、全体最適の視点での取り組みが進みませんでした。例えば、再生可能エネルギー導入の投資意思決定において、短期的なROI(投資利益率)が優先され、長期的な排出量削減効果が十分に評価されないといった事態が発生しました。
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組織文化とリソース配分の課題: B社は伝統的な製造業であり、既存の生産体制や事業構造が強固でした。脱炭素への投資は「コスト」と見なされる傾向が強く、新規設備投資や技術開発、専門人材の育成といったリソース配分が後回しにされがちでした。また、部署間のサイロ化も進んでおり、情報共有や協力体制が十分に構築されませんでした。
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外部環境変化への対応不足: 脱炭素技術の進化や、エネルギー価格の変動、規制強化といった外部環境の変化に対して、計画の柔軟な見直しや修正を行う体制が整っていませんでした。一度策定された計画が硬直化し、変化に対応できなかったことも、目標達成を阻害する要因となりました。
学びと教訓:実効性のある脱炭素戦略のために
B社の事例から、大手製造業が脱炭素戦略を成功させるために学ぶべき重要な教訓は以下の通りです。
- 戦略と実行計画のシームレスな統合: 高い目標設定は重要ですが、それ以上に目標達成に向けた具体的なアクションプラン、責任者、タイムライン、必要なリソースを明確に定義し、経営層と実行部門が一体となって推進する体制が不可欠です。目標は「何を」だけでなく「どうやって」を実現するのかまで具体化すべきです。
- 実効性のあるKPI設定と継続的な進捗管理: 結果指標に加え、各部門の行動変容を促すプロセス指標(例:再生可能エネルギー導入率、サプライヤーの排出量データ開示率、従業員の省エネ行動定着率など)を導入し、定期的に進捗をレビューする仕組みが必要です。部門間の連携を促すKPI設計も検討すべきです。
- 組織横断的な推進体制とリソースの戦略的配分: SDGs推進部門がハブとなり、生産、調達、研究開発、営業など、関係する全部門が協力して取り組むための組織体制を構築することが重要です。脱炭素への投資は、単なるコストではなく、将来の競争力強化と見なし、戦略的にリソースを配分する経営判断が求められます。
- 変化への適応能力と透明性の確保: 脱炭素を取り巻く環境は常に変化しています。計画は一度策定したら終わりではなく、定期的に見直し、必要に応じて修正する柔軟な運用が必要です。また、進捗状況や課題を社内外に透明性高く開示することで、ステークホルダーからの信頼を獲得し、建設的なフィードバックを得ることが可能になります。
実践への応用:貴社における脱炭素戦略の強化に向けて
これらの学びを貴社のSDGs推進に活かすために、以下の行動や検討事項をご提案いたします。
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目標のブレイクダウンと部門別ロードマップの策定: 全社目標を、各事業部門や機能部門が具体的に取り組めるレベルまで分解し、それぞれの部門が達成すべき中期・短期目標と具体的なロードマップを策定してください。これにより、目標が「自分ごと」として認識されやすくなります。
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多角的KPIの導入と部門横断的な評価指標: 温室効果ガス排出量削減といった最終的な結果指標に加え、エネルギー効率改善率、低炭素技術への投資額、サプライヤーエンゲージメント率など、各部門の行動を評価するプロセス指標や、部門間の連携を促す指標を導入してください。これにより、組織全体の連携が強化され、目標達成に向けた具体的な行動が促進されます。
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内部炭素価格制度の検討: 社内で炭素排出に価格を設ける「内部炭素価格制度」の導入を検討することで、投資判断や事業活動において脱炭素を経済的なインセンティブとして組み込むことが可能になります。これは、事業部門が脱炭素をコストではなく機会と捉える上で有効な手段となります。
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SDGs推進部門のリーダーシップ強化: SDGs推進部門が、脱炭素戦略の司令塔として、各部門間の調整や情報共有を積極的に行い、課題解決に向けた具体的な支援策を提示する役割を強化してください。経営層への進捗報告だけでなく、現場の課題を吸い上げ、戦略に反映させるボトムアップの機能も重要です。
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定期的な計画の見直しとステークホルダーエンゲージメントの強化: 少なくとも年に一度は脱炭素戦略とロードマップ全体の見直しを行い、技術革新や規制変更、市場動向に合わせて柔軟に調整してください。また、投資家、顧客、従業員、地域社会といった多様なステークホルダーとの対話を継続的に行い、フィードバックを計画に反映させることで、戦略の実効性とレジリエンスを高めることができます。
結論
大手製造業における脱炭素戦略の成功は、単に高邁な目標を掲げるだけでは実現しません。目標設定の段階から具体的な実行計画、実効性のあるKPI、そしてそれらを推進する組織体制と文化が一体となることが不可欠です。本記事で提示した失敗事例からの学びと実践への応用策が、貴社のSDGs推進における脱炭素戦略をより強固なものとし、持続可能な未来への貢献を実現するための一助となることを願っております。絶えず変化する外部環境に対応し、事業とSDGs推進を真に統合することで、企業価値の向上と社会貢献を両立できることでしょう。